女神が残した片翼の大地―


セレマイト大陸には、大きく四つの国がある。ノルディア帝国を挟むバルスィーム王国とスブニール王国、そしてスブニールの南に位置するケンティフォリア王国である。隣国のスブニールとノルディアとは元は同じ国であったが、宗教的対立が原因で辺境の三公国が独立を宣言して以降、別の国として存在している。現在ノルディア帝国とバルスィーム王国は国境にて紛争を繰り返しており、それが帝国を疲弊させる一因となっている。


ノルディア帝国


皇帝直轄領と、3つの公国から成る国。西からエグランテリア公国・直轄領・ラバグルート公国・カーディナル公国。帝国の南にバルスィーム王国・東にスブニール王国を控えている。公国は色の違う薔薇を紋章にしており、帝国の紋章も三本の薔薇が交差しあう紋章。帝都はメリナ。帝国中でも最も恵まれた土地にある。スカレッタ山脈から流れるフェリシア河は雄大な平野を十分に潤し、作物を育むには最適な環境を整えている。それを買い付けるために地方からも商人が集まり、商業の面においてもメリナは最大の街。帝都の南に位置するスタリナ湖は貴族の保養地としても人気が高い。抗争を続けているバルスィームとは距離を置いているため、戦渦の炎も此処からは窺うことができない。メリナにある皇帝の居城ティリエール宮は初代皇帝からおよそ四代に渡り漸く完成したという豪華絢爛な宮殿。



エグランテリア公国


始祖はベーベス。国章は白薔薇。公爵は白公と呼ばれる。第12回ディール会議にてセレマに異を唱えた学者フゴニスの弟の血筋。正義と理性の神パアルと、その息子である海の神ラーを奉じている。故に漁業が盛ん。多くは帝都に運ばれるが一部はバルスィームとの通商に用いられていた。しかしかの国との関係が悪化したため、公国の南部は急激に荒廃し、少なくない数の村が滅びた。起伏の多い土地であるため林業は盛んだが農耕には向いていない。パアル信者が最も多い国であり、そのため同教会の専横が激しい。




ラバグルート公国


始祖はラティア。国章は赤薔薇。公爵は赤公と呼ばれる。最も多く皇帝を輩出してきた家柄。パアルとその子である大地の神ホールを奉じている。広大な領土を持ち、耕作が盛ん。北海に面しているため漁業は他国に劣る。ラバグルート公国側のスカレッタ山脈からはこの地からしか採掘出来ない多くの鉱石が採れ、宝石として加工された後に大陸全土に輸出される。帝国最高峰の大学であるベルイシス大学はこの公国のラティアという街にある。芸術と学問の都市として有名。



カーディナル公国


始祖はリシュリュー。国章は黒薔薇。公爵は黒公と呼ばれる。他二国とは異なり、圧力によってラビエス帝国から独立をさせられた一族。そのためパアルを奉じることなくセレマの血統である風の神クラアトを奉じている。スブニールとの通商も盛んだが、対外的には厳しい立ち位置にある。ノルディア帝国側からは反乱分子として見なされ、スブニール王国側からは裏切り者と見なされている。帝国内で最も冷遇されている。しかし国力は豊か。広大な土地を利用し、帝国内に出回る林檎酒の殆どをこの国が産出している。また軍部を縮小したスブニールから多くの職人が亡命して来るため、武器加工技術が高い。名馬の産地でもある。



スブニール王国


かつてのラビエス帝国の東部に建国された王国。独立運動の打撃を受けたために、ノルディアに遅れること二十年の月日を要した。かつてのラビエス帝国の色合いを濃く残している。長子相続制度もその一つ。セレマ教国の特徴である、男女が平等に跡を継ぐ風習も現在まで受け継がれ、王家もまたこの風習に準じている。スブニールは現在セレマを奉じてはいないものの、その流れである多神教のイシス教を国教としている。現王ラセビリアーナが軍部の縮小を図っているため、軍人の亡命と軍事技術の流出が問題となっている。



破壊と創造を司る神を巡る論争


大陸の名となっている『セレマイト』。『セレマイト』とは古代語で『セレマの翼』という意味である。破壊と創造を同時に司り、創世の時代には気紛れに生命を誕生させては滅ぼしたという女神。彼女にとっては創造も破壊も、愛という同じ意味を持っていた。彼女の行動の全ては愛に由来し、愛こそが彼女だった。かつてのラビエス帝国が国教としていたセレマ教。女神セレマを創造主と崇めるこの信仰が、後に帝国を分裂させる原因となった。

女神セレマ

セレマ大聖堂の唯一神にして、破壊と創造の神。容姿は黒髪に紅の眼、肌は透き通るような白色。混沌の神であるため、様々な名と性格を持つ。実に気紛れで、彼女の気分次第で天変地異が起こるとされている。薔薇は彼女のシンボルであり、薔薇が様々に色を持つのは彼女の多面性を現しているとされる。セレマには夫パアルがおり、二人からはヌイトという太陽神とハディートという闇の神が生まれた。兄と妹は同時に惹かれ合ったが、父はこれに猛反対したため、セレマは怒り夫を見限ったとされる。兄妹からは時の神クイト、風の神クラアト、炎の神バハロン、死の神セリオンなどが誕生した。

パアル教の誕生とラビエス帝国の崩壊

長らくセレマイト大陸では女神セレマが創造主として崇められてきたが、これに異を唱えるものが現れた。その者の名をフゴニスといい、ラビエス帝国随一の神学者だった。セレマは己の翼を自ら切り落としたのではなく、パアルによって切り落とされて海に沈んだ。パアルこそ、セレマ亡き後世界を再生した創造主である。彼は第12回ディール宗教会議の場でもそう唱えた。ラビエス帝国の辺境伯を中心に、この彼の論に賛同した者達が、セレマを奉じているラビエス帝国からの独立運動を始める。これが大規模化して起こったのが、大陸暦1240年のセレマ大戦争である。その後数々の戦争を経て、ラビエス帝国は崩壊。同時にノルディア帝国が建国された。

選帝制の始まり

ラビエスから独立し、王という存在を持っていなかった新教徒達は、自分達の中から王として相応しい人間を選び出すことを決めた。王となる人間は政治的手腕の他、新たなパアル教の教えを正しく理解している者でなくてはならなかった。パアル教会の大司教やラビエス帝国で伯爵を勤めていた人間が集まり、そして選ばれた人間が、ノルディア帝国第一代皇帝シュラブである。この制度は現在も有効でであり、母親の身分に関係なく皇帝の血を継ぐ男児には全て等しく皇位継承権が与えられる。だが、受け入れるかどうかは本人の自由。皇帝が譲位を宣言すると、皇位を目指す者達は帝都の南にあるコルダーナの皇子宮に入り、次期皇帝としての教育を受ける。そして時期が来ると、選帝士によって次代の皇帝が選出される。勿論、本気で皇帝の座を目指す者ならば、それ以前から己を磨く。皇帝との間に子をもうけた女たちは、眼の色を変えて子供に教育を施すのが普通である。
一方スブニールは長子相続を取っている。女性であろうとも男性であろうとも、長子に王位相続権がある。スブニールの場合、セレマ教の影響を色濃く残しているため、女性と男性が対等である。無論女性も爵位を持ち王位を女性が継ぐこともある。女性の軍人もおり、女性が剣を持つことも当然とされている。また子供の血筋は父親よりも母親が重視される。よって、父親が違っても母親が同じならば兄弟とされ、逆に父親が同じでも母親が違うならば兄弟とはみなされない。ノルディア帝国は父親が重視されるため、皇帝の血を継いだ男子のみに皇位相続権が認められ、選帝士によって次期皇帝が選ばれる。

薔薇の協団

セレマに忠誠を誓う謎の集団。歴史上にいつの間にか現れ、その数は数万に上るとされるが実態は誰にも掴めていない。遥か昔、他国との戦の際に軍を組み戦に参加した際、神懸り的な活躍をしたという逸話から、人々の畏怖と尊敬を集めている。ノルディア帝国及びスブニール王国の側からの干渉は一切受けず、ただセレマのみに忠誠を誓うとされる。表立って敵対関係に陥ることは今までの歴史上なかった。独特の戦闘術、呪術、医術などが太古から脈々と受け継がれているとされるが、詳細は不明。